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京都市

生物多様性リレーコラム

2018.4.12

河合 嗣生(環境カウンセラー)
南禅寺~生きものを支えるボーダレスな自然環境~

 生きものを支えるボーダレスな自然環境

 南禅寺から若王子一帯の森はかつて私が子どもの頃,虫採り少年達にとってもっとも重要な森の一つでした。森の中には虫採り仲間のそれぞれが知る昆虫採集の秘密のポイントもありました。

 その魅力とは,子どもの足でさほど遠くない場所に豊かな森と多様な生きものが存在し,南禅寺の歴史が支えてきた庭園にも希少な昆虫を見ることができたからです。この南禅寺一帯の自然の魅力は何事にも代え難いもので,夏休みには朝も暗いうちからお目当てのクワガタを採るために秘密のポイントを目指したものです。残念ながら今はありませんが高徳庵の門前近くにあった直径2メートルほどのクヌギの巨木にも多くの想い出があります。

 一帯を流れる小川にはゲンジボタルが飛び,インクライン上の舟溜まりは,琵琶湖疏水が運んでくる魚や水生昆虫を採る絶好のポイントでした。行く度に出会う多くの生きものにドキドキしながら,また彼らがどのように暮らしているのかとても興味がありましたが当時の私には判る術もありませんでした。

 今回の冊子をまとめるにあたり,あらためて同じ場所を歩いてみるとかつてと変わらぬ森の豊かさに驚き,多くの新しい発見をしました。昔も今も変わらない南禅寺の生物多様性の特徴とその魅力を考えたいと思います。

 

1 自然環境の骨格・東山三十六峰

 京都北山から比叡山を経て,比較的人工林が少ない東山の南に位置する南禅寺とその裏山の自然樹林はここで途切れずその先の醍醐を経てさらに南の奈良の春日山へと続きます。東は奥の院から尾根道を辿り琵琶湖側へと連続します。

 南禅寺一帯の自然を身体に例えると,東山三十六峰の連続する大きな自然(京都北山〜南禅寺)は自然環境の骨格となり,中ぐらいの自然(南禅寺境内)や小さな自然(南禅寺一帯の庭園など)の存在は,体を健康に保つための臓器と言えます。これらの大小のさまざまな自然環境があることにより,生きものの生活空間が保全されています。

三門からみた境内と背後の森

 南禅寺周辺の自然は,特徴ある二つの連続する樹林環境からなっています。

 境内周辺は花木類,紅葉類,松など人が植栽したものであり,景観維持や安全保持などを目的として日常的に維持管理が行われています。

 一方,境内背後の森は,シイ・カシ類やヤブツバキなどの照葉樹林が中心となる極相林(その地点における生態的条件に最適の植物種が優占種となり,安定した群落がつくられている状態)が広がっています。

 これら二つの特徴を持つ樹林が道路等で分断されることなく混じり合い連続する環境は,小さな昆虫や野鳥はもとより,樹々の間を滑空・飛翔移動するムササビやフクロウ等の大型の野生生物が採餌場所と営巣場所を行き来できるボーダレスな環境として貴重です。

 日本庭園で「借景」という手法があります。庭園外の山や森林などの自然物等を庭園内の風景に背景として取り込むことで,前景の庭園と背景の自然地形や樹木借景とを一体化させて景観を形成する手法です。この借景手法は,生きもの達にとっても貴重な空間を創っているものと考えます。

三門周辺のアカマツ林
奥の院の森
大文字山・琵琶湖側に続く森

 

2 命の水系/多様な水環境は生きものの生息環境の血管

 東山の谷から生まれる細流と琵琶湖疏水(水路閣,インクライン)の異なる二つの水系は,南禅寺境内とその一帯に血管の様に隅々まで流れ,水系を生活の場とする多くの生きものの生活空間と移動空間となっています。またそこに見ることのできる変化に富むせせらぎや水路,石積み等の多孔質護岸も多様な生きものの生息場所となっています。

山際の渓流と自然樹林
渓流(左)と疏水(右/水路閣)
境内を流れる変化に富む細流
境内外周部の石積みと細流
周辺の水路1
周辺の水路2

 

3 庭園は生きものの聖域

 南禅寺には多くの別院・塔頭があります。それぞれに大小の庭園が存在し,古くより変わらず手が入れられ安定した環境を維持しています。先人達が自らの力と工夫を基に造り上げてきた庭園には,自然に逆らう手法や無駄は一切ありません。「釈尊の悟りとその法門が以後代々の祖師方が並々ならぬ苦修によって,一つの器の水をそっくりそのまま次の器に移すように伝えられてきた」と言われるように,ここ南禅寺は自然環境的も昔と変わることの無い豊かさを現在も伝えています。この永年に伝えられてきた環境は,生きものにとってはまさに聖域といっても過言ではありません。

石積みも生きものの棲む環境

 

フィールドサイン=いきもの達からのメッセージ

 境内や裏山に続く散策路を歩くとそこかしこに生きもの達が残していったメッセージに気付きます。これを「フィールドサイン」と言います。生きもの達の姿を直接見なくても,彼らのメッセージを見つけることで,私たちは彼らの生活を知ることが出来ます。これは言い換えれば自然の謎解きです。

1 木の幹のササクレと泥 

 スギやヒノキの林を歩くと地面から1m程の高さの位置にささくれだつ樹皮のあることに気付きます。その幹には白く乾燥した泥が付着することもあります。この樹皮のささくれは,オス鹿が角を研いだ跡です。この幹に付着した泥の位置が高ければシカ,低ければイノシシが泥浴びをした後に体を拭いた跡です。よくみると体毛が泥に混じり付着しているでしょう。

鹿が角を研いだ跡のヒノキ
幹についた泥に混じるイノシシの体毛

2 地面のでこぼこ

 境内から裏山に続く散策路沿いの樹林地や川岸には,あたかも耕耘機で地面を掘り起こしたような跡が多くあります。これはイノシシがエサを探した痕跡です。イノシシは主に植物の茎や根を掘り起こし食べますが,丸太の下には好物のカエルや昆虫やミミズが隠れていることを知っています。掘られた土に湿り気が残り乾燥していなければそれほど時間が経っていない証拠と言えます。

イノシシが掘り起こした地面

3 風変わりな松ぼっくりと落とし物

 境内の松林やその周辺で海老フライのような形の松ぼっくりが落ちていることがあります。これはムササビが好物の松の実を食べた痕です。ムササビは,前足と後足との間に飛膜と呼ばれる膜があり,飛膜を広げることでグライダーのように滑空し,樹から樹へと飛び移ることができる大型のリスの仲間です。滑空移動するムササビにとって連続する樹林は生活路のようなものです。森に棲むムササビが樹々の間を飛び境内の松林にやってくることを想像することも楽しい自然観察です。

ムササビの食痕(松ぼっくり)
森に残された鳥の羽=タカがハトを獲った跡
 
地面に落ちたエナガの巣(巣立ち後)には
羽毛がたっぷり

 

 その他,森を歩くとさまざまなフィールドサインがあります。地面に散乱する鳥の羽があればタカ達が狩りをした跡かもしれません。木の葉のかじり跡,地面に落ちている一個の糞はだれが残したものだろう・・・想像してみてください。一枚の羽,一個の木の実からいきもの達が残してくれるメッセージを見つけ・想像することは生きもの達を知る楽しみの一つです。

 

著者

河合 嗣生(かわい つぐお)

1959年京都市生まれ,造園家,仕事のコンセプト=「片足を自然生態系から,もう片足を住民参加から考える」を軸点に環境設計・環境教育にたずさわる。庭や公園,緑や土,水など自然の魅力に触れることで,一人でも多くの子どもたちが環境を広い視野で見つめることのできる大人になってくれたらとても嬉しいと考える。西の湖・蛇砂川いきもの観察の会主宰(滋賀県近江八幡市)

登録ランドスケープアーキテクト,環境カウンセラー(環境省),プロジェクト・ワイルド(エデュケーター)

 

 このコラムの前半部分の内容は,平成30年3月に発行した冊子「京都の社寺と生物多様性 第3号」の16ページにも掲載しています。冊子もぜひ御覧ください。

■京都の社寺と生物多様性第3号(デジタルブック版)

 http://www.city.kyoto.lg.jp/digitalbook/page/0000000300.html

 

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